2011/09/25

泡のはなし-2


『頭の中に泡がありますね。』

その医者は、このコーヒー砂糖が入ってますね、と言うくらいの感じで、僕にそう伝えた。
数日前から僕の頭の中では、パチパチという音が鳴り響いていて、終わる気配がなかったので、気になって病院に行ってみると、案の定、変な病気だった。

仕方なく僕は、やれやれ、と口にして家に帰った。

今のところ、その泡が僕の生命にどう関わっているのかはよく分からなかった。
医者もそれについてはきちんと答えてくれず、、いや、きちんと説明してくれたのだろうけど、頭の中の泡のせいなのか、最近はすぐ忘れてしまう。
きっとパチパチと記憶がはじけてしまっているのだろう。
僕はそう思って、ひとりでクスリと笑った。こういうときの僕は人一倍楽天的にもなれるんだ。

ポケットの中を探ると、一枚の紙が出てきた。
その紙には、ミミズの様にか細く、くねくねと読みにくい字で何か書いてあった。
どう考えてもそれは僕の字だった。
頭の中でパチパチとしていてもしなくても、僕の字はやっぱり読みずらかった。
僕はそこに書いてある事を、パチパチが酷くなりながらも根気よく読んだ。
そしてそこに書いてあったように、パチパチが酷くなってきたら差すようにと書かれている目薬を取り出した。
内容物にシャンパンと記載してある。
しかも1975年もののヴィンテージシャンパン、偶然にも僕の生まれ年だ。
当然、僕はそれを出来る事なら味わってみたかったけど、パチパチという音に嫌気がさしていたので、そのシャンパン目薬を差した。
差すと今度は、目からパチパチが広がり、かわりに頭の中のパチパチが遠ざかっていった。
僕はパチパチとし始めた目で、もう一度、僕の殴り書きの処方箋を読んだ。
そのシャンパン目薬のお陰でへろへろな字はぷちぷちに変わって、泡から何かを理解する能力は僕には無いので、諦め、僕はパチパチした目のまま辺りを眺めた。
無表情で風が入って来てもピクリとも動かないカーテンは細かいドットになっていて、相変わらずピクリとも動いていないのに、気のせいかプチプチと揺れていた。
昨日から置いたままのワインのボトルは赤いドットに包まれていた。

僕は試しに目を閉じてみた。
目を閉じると、予想に反して真っ暗な暗闇が広がっていた。
ここ数日間悩まされていた、パチパチという音はどこかへ行ってしまい、今僕を悩ませている、目の前のパチパチも消えていた。

どれくらい経っただろう『ただいま、』という彼女の声が聞こえ、僕は『おかえり』と言って目を開けた。

『そのシャンパンの泡で出来たようなワンピース、凄く素敵だね。』

僕がそういうと、彼女はため息をついて、シルクサテンのベージュのワンピースをするすると脱いで、部屋着に着替えた。


明るいシャンパンのはなし。

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