2012/05/02

ルージュマジック。


シャンパンで一杯になったスーツケースを引きずりながら彼女は僕の目の前に現れた。
僕の大して何も入っていないスーツケースと一緒に駅の荷物置き場に預け、僕らは歩き始めた。美術館にはシャガールの絵が並び、ジャスミンの花は咲き乱れ、愛想の良い猫とおいしいロゼワインがあり、真っ白なミロの祭壇があり、立ち寄った魚屋では大きな牡蠣と白ワインをサービスしてくれた。海の見えるホテルからは約束通り海が見え、坂の途中には何もかも丁度いい具合のカフェが並び、心地いい風が吹いていた。
山の上には協会があり、大きな犬と大きな家族の赤い屋根の家があり、男たちは笑いながらリカーを飲み、マルシェにはエスパドリューが積み上げられていた。

何年か前、僕らはそういう風に南仏を旅した。
いい思い出だ。

そして今年、カンヌから現れた彼女は、またフランスへと旅立つことを決めた。
赤い口紅でクールに決めて。

いつもより深めにパナマ帽を被り、いつか飛び立つ飛行機の音を聞きながら、僕はひとりで乾杯をした。


0 件のコメント:

コメントを投稿