2012/05/28

とある庭師のはなし。


僕はせっせと黄色い花の苗を植える。
僕のだと分かるように白い風船を付けて。



彼女は小さな窓から白い風船を眺めていた。毎日少しずつ増えていく白い風船を眺めるのが彼女のささやかな楽しみだった。彼女はその風船について一度だけ母親に訪ねた事があったのだが母親には見えていないことを知ると、彼女だけの秘密の楽しみになった。ある日、犬のかたちをしたガラス製の置物を看護婦が落として割ってしまった事があった。その置物をとても大切にしていた彼女は、看護婦の方が気の毒になるくらい哀しみの中に閉じこもった。
そして彼女はその哀しみの分眠り、起きる事をやめた。

『やぁ。』

彼女は、犬が話すのは(当たり前だけど)初めてだったので驚いたが、気を取り直して何かを言おうとした。

『あっ、ごめん、君は話せなかったね。』

犬は当然のようにそう言って話を続けた。

『けど、僕は君にいろんな話を聞いたよ、とは言っても心の声だけれども、、君の病気の事や、家族の事、あっ、それに不思議な風船の事も。』

彼女は嬉しくなり、犬と同じように話しかけようとしたが、やっぱり声が出なかった。

『大丈夫、僕には君の言いたい事は聞こえるから、うまく説明出来ないけど、わかるんだ。そう、僕はこの間看護婦さんの不注意で粉々にくだけた、ガラスの置物だよ。君があまりにも哀しみの中に閉じこもってるから我慢出来なくって。大丈夫、僕は粉々になったけど、粉々にはなっていない。うーん、かわりにこんなに毛むくじゃらになって本物に犬みたいになってしまったけど、ほら、こうして君とおしゃべりも出来るし。』

彼女はさらに嬉しくなって、いろんな事を(頭の中で)話しかけた。

『待って、そんなにたくさんの事を一度に話しかけられても、うまく聞きとれないんだ、実はこうやって話す事自体、すごくエネルギーを使う事だし、ほら、君の夢の時間だってそんなに長くないんだから。。』

『ゆめ?』彼女はハッとしてあたりを見渡した。
彼女がいつも寝ているベッドや犬の置物が置いてあった小さな棚やリンゴやバナナなんかがきれいに入っている籐籠なんかは全部消えていて、暖かみのある木の床や小さな花柄の壁紙も消え、真っ白な白い壁に囲まれた部屋にいる事に気がついた。次の瞬間、真っ白い壁に小さなヒビが走った。

犬は急に焦り出して、
『あっ、ごめんごめん、気づかせちゃだめだったんだ。夢って気がついたら長くはいれない仕組みになってるんだ、ほんと不便な世の中だ、違うや、夢の中だね!あぁ、もう時間がないから伝えたかったことだけ伝えるね。まず第一に、僕は違うかたちで君の元へと帰ってくる、だからもう落ち込まないで。そして二番目、本当に言いたいのはこっちなんだけど、君はひとりで沈黙の世界の中にいて孤独を感じていると思う、けどその代わりに君にはあの白い風船が見えるんだ。もっとよく見てごらん、きっとそれは君にとって、、、ひ、、、、。」


そこで彼女は目を覚ました。

小さな窓からは明るい光が差し込み、ベッドの脇には母親が心配そうな顔をして眺めていた。彼女は久しぶりに笑顔を見せ母親に『おはよう』と口を動かした。母親は少し涙を見せたがすぐに彼女に微笑みかけ抱きしめた。
久しぶりに見た窓の外には、その分だけ多くの白い風船が遠くの丘にある花畑から伸びていた。彼女はその中に真っ白ではない風船をひとつだけ見つけた。目を凝らしてよく見ると、そこには粉々のガラスの破片のまわりで立ち上がって流暢に話している犬と熱心に聞いている彼女の姿が、夢の中の世界が映っていた。



風船を付けていた苗に黄色い花が咲いているのを見つけた。そして僕はいつものように風船を見上げてみると、真っ白い風船には、キラキラとした破片の中で、女の子と犬が向かい合って話しているようなドローイングが描かれていた。
僕はそれを確認すると結びつけていた紐をほどき、風船を空へと飛ばした。



1 件のコメント:

  1. なんか、ありがとうと言いたくなりました。
    ありがとう。

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