2012/07/18

とある庭師のはなし - 2


ある朝目が覚めていつもの様にふわりとしたレースのカーテンをめくると、遠くに真っ白な風船が集まっているのが見えた。その風船たちは昨日までは確かになかった風景 - かといって、1年前にももちろんなかった - だった。彼女は1階で朝食を作っている母親に訪ねてみようかとも思ったけれど、ふと思いとどまってやめた。彼女は直感的に母親には見えないだろうと感じた。



暗い霧の道を抜けると、小さな少女が湖のほとりでしゃがみ込んで泣いていた。『どうしたの?』彼女が訪ねると、『スケート靴を無くしちゃったの。』そう答え、またしくしくと泣き続けた。
『スケート?』彼女は不思議に思って周りを見回した。そこは生命力に溢れた鮮やかな緑色をした木々に囲まれ、泣いている少女の横には限りなく透明に近い色をした湖が広がっていて、どう見ても夏になる準備が出来てる森の表情だった。
『毎日練習しないとお母さんに怒られちゃうの。』少女はそういう表情をして、さらに泣き続けた。『ごめんなさいね、スケート靴ではないけれど、』
彼女は気がつくより先に手に持っているモザイク柄のトゥシューズを少女に渡していた。もう彼女は不思議に思う事を諦めて、その続きを待ってみた。
少女はそれを受け取るとモザイク柄のリボンをするするとほどき、軸足に履いて立ち上がり、自分の足に馴染んでいるのを確かめるようにつま先で地面を叩き、何度かジャンプした。そして彼女に向かってお礼を言い、湖の方へ駆け出して行った。彼女はさすがに驚いて少女に声をかけたが、少女は既に湖の上で踊りはじめていた。踊り出した少女はさっきまでと違い、嬉々とした表情でしなやかに上半身を使い、氷上の上を駆け巡っていた。
『こおり?』
彼女は初夏の森の中に突然現れた氷の湖に少し戸惑いもしたが、少女のダンスを眺めた。(もちろんもう、飽きれる事も諦めていた。)スケート靴を履いていない少女は、氷の上を滑れないかわりに素晴らしい表現力で上半身を動かし、軸足のつま先でジャンプして、本当にスケートをしているようだった。

『ククククク。』

ふいに小さな笑い声が聞こえたので、彼女は笑い声のする方を見た。そこには2本足で立ったつるりとした額の犬がいて、尻尾だけがパタパタと揺れていた。
(犬?まぁもう何でも良いわ、、)『ねぇ、あなた誰?』
犬は話しかけられた事に少しだけ驚いて、シルクハットを被り直し(シルクハットには[ I LOVE YOU WITH ALL MY HEART ]と書いてあった。) 尾っぽをパタパタさせたまま彼女に向かって話しかけた。
『やぁ。
ごめんね笑ったりして、君があの女の子の世界に紛れ込んだ事に気がつきもせず普通にしているのが可笑しくって。けどこの世界に僕以外で入れたのは君だけなんだよ、ここはあの子の夢の、、、、』


そこで彼女は目が覚めた。
あのへんてこな犬が『夢の、、』って言ったお陰で彼女は夢だという事に気がつき目が覚めた。彼女はそう確信して、額の汗を拭きながらカーテンを開けると、昨日と同じ白い風船が浮かんでいた。そして今日はその下に花畑があるのも見えた。けれども昨日と違うのは、ひとつだけ白くない風船があることだった。そしてその風船には夢に出てきた女の子が楽しそうにスケートをしてる風景が描かれていた。





僕はthe smithsの歌詞をランダムに口ずさみながら、黄色い花の咲いた花の方へ行き、風船の紐をほどいた。風船の中に描かれた女の子の笑った顔が小さくなっていくのを眺めていると、空からはちいさな雨粒が落ちてきた。






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