2012/07/24

心に茨を持つ少年。


少年は心に茨(ibara)を持っていると言った。

『持っている?』
僕はいつも通り足元に広がっている風船のついた花に水をやっていたが、少年の言葉の続きを待つ為に手を止めた。

『僕はある時、すごく小さな黒い塊を持った人間に出会ったんだ、それは本当にちっぽけな塊だったんだけど、その頃の僕にはそれに立ち向かう事が出来ず、気がついたらきれいさっぱり呑み込まれてしまって、僕は傷つき、人を信用する力を失った。それから僕は誰も信じる事が出来なくなって、ひとりの世界に閉じこもったんだ。』

少年はそう言って、持っていた水を一口飲んだ。

『そこはまるで井戸の底みたいに光の一切ない世界だった。それでもたまに誰かが上の蓋を開けて僕を呼ぶんだ。けれど僕はそれを見上げることも、耳を貸す事も出来なかった。そうやって僕は暗闇の中で誰とも話す事もせず、カラタチの実を食べて過ごしてた。』

あたりには今日も小さな雨が落ちていた。

『ある日、僕は胸に痛みを感じ始めた。最初それはむず痒いものだったけど、ある朝、誰かが井戸の蓋を開け、うつむいている僕の心臓の裏あたりに一筋の光が差し込んだ。その温かなな光の筋は僕を和ませて、僕はつい上を見上げてしまった。その瞬間、僕の心臓は急激に痛みをまし、僕は胸には激痛が走った。井戸の上から見ていたのは僕自身であり、黒い塊そのものだったんだ。僕は体中から汗が吹き出し、息をする事もろくに出来ず、そのまま気を失ってしまった。』

雨はずっと同じリズムで降り続いていた。少年は手を顔のあたりで空に開き、雨の感触を確かめた。

『そう、丁度今日みたいな雨が振りそそいできて僕は目を覚ましたんだ。井戸の蓋はそれから開けられたままだったみたいで、雨の先には月が見えていた。その月の光は井戸の中に灯りをさし、僕は1本のロープに気がついた。僕は深く考えることもなくそのロープを使って地上に戻ったんだ。』

そう言い終わると少年は胸のあたりを掴んだ。

話し終わると黄色い花の咲いた植物から紐がするすると外れ、風船が空へ飛んでいった。風船には、繊細で傷ついた心を持っていた少年の心をいたわり、赦し、今も守り続けている茨が描かれていた。


3 件のコメント:

  1. 何故か自分のことように泣きました。

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  2. 僕もそうやって泣いた事があって救われたことがあります。
    僕の文章にそういう力があるかは分からないですが、良い涙だといいなと思っています。

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  3. これは僕の今と重なっています。
    オカモトさんは雲の上のような人でしたが、少し身近に感じられ、同時に強いエネルギーを頂けたと思います。
    身近に感じられたというのは少しおこがましいかも知れませんがとても嬉しかったので書かせていただきました。

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